Story 02. 眠れない夜に

前職でのわたし

前職は、半分向いてて、半分向いていない仕事でした。
経理の仕事は性に合ってて好きだったし、こんな私でもお客さんに頼ってもらえたり、安定はしていました。

休日は美味しいごはんも食べに行けるし、旅行もライブも好きなだけ行ける。
遠出するのに特別気を遣う相手もいない。

特に不自由はない。

でも代わりに充足感もない。

ずっと「このままでいいのか」という思いがありながら、行動に移せない自分がいました。

「自分が好きなものだけに囲まれた雑貨店をやりたい」
その思いだけが頭の中をグルグルしていました。

いつか、いつか。

雑貨屋を開業した人の本を買ったり、
オンラインショップを営業する方法を探したりしていましたが、
失敗や悪い未来を想像して、足踏みしてしまう。
1歩が踏み出せずにいました。

前職はデザインとも雑貨店とも全く関係ない仕事でした。
事務職ではありましたが、経理・税務・総務・保険・イベント運営など様々な業務内容があり、
マルチタスクが得意で、器用な人がうまくいく仕事。
わたしの得意とは真逆でした。

そんな中、前職で唯一好きだった仕事は、チラシと会報誌を作ること。

運よく会報誌の担当になったので、
昔ながらの誌面を若い人にも読んでもらえるようなデザインにしたり、
商品の魅力を伝えるためにコーナーをつくったり、
施策を分かりやすく伝えるためにレイアウトや文字の大きさを考えたり、お堅い文章を柔らかい表現にしたり…

誌面を作る時だけは時間を忘れて熱中していました。

「会報誌よかったよ」
「会報誌(チラシ)見て、これ気になったんだけど」
「紹介してくれてありがとう。お客さんが来てくれた。」
そう言われることが何より嬉しかったのです。

苦手な業務もたくさんあったけれど、なんとかバランスを取りながら、
8年間その職業を続けました。

職場の変化

そんなとき、職場の環境がガラッと変わりました。

人事異動で半分の人間が入れ替わり、
苦手な業務も、長年いたからこその責任も、両方一気にのしかかってきました。
他人にとっては「そんなこと」でも、私にとっては「苦手なこと」がとても多い。

一気に残業が増えて、それでもカバーできない分は休日出勤で補っていました。

そして、とある深い悲しみを感じる出来事があり、
退職を決めました。

でも、私が出した答えは「年度末まで責任を持って働くこと。」でした。
「周りの人間に迷惑をかけないように」
「きっと今辞めたら一生恨まれる」

そんな思考から出した決断でした。

毎日少しずつ少しずつストレスが溜まっていき、ちょっとしたことで傷ついて、
トイレで「涙早くとまれ」と思いながら泣いていました。
退職数ヶ月前からは、ほぼ毎日泣いていた気がします。

当時の私には
「これは自分が悪い。
今まで避けてきたことのツケ。自分が招いたこと。」
としか思えず、誰にも頼ることができませんでした。

「年度末までは耐える」
それを目標にしてしまったわたしは、転職活動や何かを新しく始める気力はありませんでした。

早く早く早く解放されたい。

それだけでした。

助けを求めたのは

それがどんな夜だったかは、鮮明に覚えていません。
眠れない布団の中で、
「わたしは今なんのために働いて、生きているのだろう」
「このままでいいのだろうか」
そんなことを考えていました。

でも誰にも相談できない。
また一人でグルグルと脳内を巡る。

脳の限界を迎え、とにかく誰かに相談したい。
そう思ったわたしが、その時、相談相手に選んだ相手は、
自分のことを全く知らない占い師でした。

当日、仕事や転職の相談をしたと思うのですが、
正直言うとその時言われたことはよく覚えていなくて、
「ラッキーカラーが赤」とだけ言われたのはなぜか覚えています笑

当時のわたしは本当に覇気がなく、元気がなかったので、反応が薄かったのだと思います。
一通りの解説も終わり、少し呆れたような口調でこう聞かれました。

「何か好きなこととかないの?」

好きなこと…好きなこと…

「漫画とかアニメは好きですけど…」
占い師がまた少し呆れた反応を示しました。

好きなことってなに?好きなことってなんだっけ。
問いかけるように言葉を反芻しているうちに、
ふと自分の中で一筋の光のように一つの言葉が浮かびました。

「デザイン…好きかもしれないです」

唯一好きで進んでやっていた仕事。それは会報誌やチラシを作ること。

他の職員が気にしない文字の大きさ・字間・色を細かく調整する作業なら時間を忘れてしまう。
デザインを喜んでもらえた時、褒めてもらえた時、チラシを見てお客さんが来てくれた時が一番嬉しかったこと。
旅行に行くと気になるデザインのチラシやショップカードを持ち帰っては思い出すようにそれを眺めた。

「ああ、とってもいいじゃないですか。」
全く根拠のない同意。

でも当時のわたしにとっては背中を押す言葉でした。

(ちなみに可能性があると思ったと言っても、当時自分で作ったものを見ると、
仕事にできるような実力ではなくパッパラパーなものでした 笑)

でもこれから転職して仕事を続けていく上で、同じことを繰り返したくありませんでした。

もしかしたら自分にも可能性があるかもしれない。
自信のない自分が唯一持てる武器なのかもしれない。

そう思い、デザインへの道を一歩踏み出すことにしました。

わたしはその日のうちにデザイン学校の資料を請求し、下調べや見学の申し込みなどを行いました。

ここで雑貨屋を選ばなかったのは、
「コロナ禍が明けてすぐだったこと」
「デザインを学び始めるなら年齢的に早い方がいいと思ったこと」
「雑貨屋のロゴやショップカードなどのクリエイティブを自分で作りたいと思ったから」です。

今考えるとここだけすごく冷静に考えている 笑

仕事は相変わらず辛かったですが、未来への希望が見えた気がして、
久しぶりに生きている心地がしました。